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まる喜のひとり言
- 真似はできても、再現はできない。——十六年、本物だけが辿り着く場所前回の更新から二年の月日が流れましたが、その間も園田の地で、ただひたすらに黒毛和牛の「真実」と向き合ってまいりました。特に店舗のリニューアル後は、ありがたいことに日々現場が熱狂に包まれ、息子が魂を込めて包丁を握り、私は接客の最前線でお客様と向き合う。その濃密な時間に没頭するあまり、ブログを更新する余裕すら持てずに今日まで至りました。十六年。この年月で磨き上げた目利きと、親子で繋ぐ技術こそが、今のまる喜のすべてです。さて、最近お客様から「他のお店でもタンバーグや塩昆布を添えたメニューを見かけたよ」といったお話を耳にすることがあります。流行りに乗って、表面的な「形」をなぞるお店が増えるのは、この業界の常かもしれません。私の十六年の試行錯誤が、それほどまでに魅力的な「正解」だったのだと、冷ややかに、しかし誇らしく受け止めております。ですが、あえて申し上げます。「盛り付け」を写すことはできても、その「一滴の余韻」までは奪えない、ということです。かつて持て囃された「一頭買い」という言葉や、店先に並ぶ「形だけのぼり」は、もう今の時代には響きません。お客様が求めているのは、記号ではなく「中身」そのものだからです。例えば、当店が塩ホルモンに添える「塩昆布」。これは単なるトッピングではありません。一度も凍らせない黒毛和牛「生(チルド)」特有の、融点の低い清らかな脂。その**「和牛香(わぎゅうこう)」を、喉の奥で爆発させるため**に、塩分濃度から繊維の切り方までを逆算し、選び抜いた絶対的なピースです。輸入牛や国産牛、あるいは一度でも冷凍を通したホルモンに、ただ塩昆布を乗せただけの「それ」とは、もはや別の食べ物です。素材の個性を理解せず、ただ「形」だけを真似たところで、和牛だけが宿すあの芳醇な香りと、潔いキレを再現することは不可能です。「偽物は、口に残る。本物は、記憶に残る。」口に残る雑味や違和感は、素材や組み合わせに対する「妥協」と「無知」の証。記憶に残る圧倒的な感動は、私たちが人生をかけて惚れ抜いた和牛への「執念」の証です。4月、メニューを刷新いたします。安売り競争や、誰かの背中を追いかける時間は、私にはありません。まる喜は、さらにその先。「見せかけ」のパフォーマンスを脱ぎ捨て、一皿に宿る「理由」を楽しめる方だけが満足できる場所へと、歩みを進めます。新しく始まる「嗜み(たしなみ)」の提案と共に、皆様をお待ちしております。
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